TOP /近況/ 

ボランティア 南三陸町

■震災後2カ月以上経過した志津川の街並み
大きなコンクリートの建物以外何もない街並み、鉄道駅も線路も無い
高台にある志津川中学から撮影。最後まで避難を呼びかけた3階建ての
防災庁舎は鉄骨とアンテナだけが残っていた。

日程 2011年5月23日〜28日 
23日 移動  
 24日  仮設住宅の備品搬入・被災者の写真整理   
25日 歌津中学の教室整理・民宿周囲の泥出し   
 26日  大工手伝い   
 27日  大工手伝い   
 28日  移動   

被害の大きさに声も無い、建物内の片づけや泥出しがあると聞いてきたが。
建物が無い。自分達個人ボランティアに出来る作業はあるのだろうか。
今回はテント泊でゆったり睡眠、毎朝4時半からコースをかえて1時間ランニング。

■志津川の住宅地図

この地図にある構造物は上の写真のように大きなコンクリートの建物以外残っていない。

■志津川病院
(下の写真と反対の山側から)

海岸沿いで一番大きな建物のようだ。下の写真が津波に襲われた状態。
■志津川病院
読売新聞掲載の写真から

病院の4階まで水に浸かっている。
この写真を撮った被災者は「もうすべて終わり。命もあきらめよう」と覚悟を決めたそうだ。実際にこの場所に立ってみるとうなずける。



■仮設住宅

4畳半2部屋バストイレ、洗濯乾燥機、冷蔵庫、TV、食器、フトン付き。サッシはペアガラス。ここは一条工務店が建設していた。この日はトラックから仮設住宅の備品を運び込む仕事。長崎県島原ボランティア協議会の20名や阪神大震災のお返しとして来ている団体さんと一緒に活動。
■運が強い青年

海で釣りをしている時に地震に遭遇、車で180kmぐらいのスピードで反対車線を走り逃げて助かったとの事。彼の後ろから数台の車が反対車線を逃げたが彼の他2台逃げ切ったが他の車は助からなかったという。午前3時まで生存者探しをしたという。運がつくように一緒に写真を撮ってもらう。いま役所の臨時職員になっている、町を担う青年になっていくだろう。今日の作業はこの青年の手伝い。
■廃校の中学校

この建物の床や壁の改造のお手伝い、志津川はタコ漁で全国で有数の漁港なのだという。タコの文鎮(オクトパス)を作り特産品にしようと計画しているとの事。この建物の後ろの旧校舎で自衛隊が死体捜索で集めた写真の整理をしている、半日整理作業を手伝う。5月28日から公開され希望者に渡される。


■気仙沼線、橋も線路も流されている。
この先45号線を気仙沼に向かっていくとコンクリートの橋台が
残っているだけ、盛り土部分や橋桁は無くなっている。

■自衛隊の風呂

一緒にボランティア作業をした長岡市(旧山古志村)の議員のS氏と無料の風呂に入る。5分程の待ち時間で利用できた。水や温水の蛇口が無く浴槽の温水を風呂桶に汲んで洗い流す、ノンビリと入るというよりガツガツ入ってしまう。このあと隣接しているカフェ(ボランティア団体)で無料のコーヒーをいただく。
                    

■カナダからのボランティアさん

南三陸町のボランティアセンターでバンドメンバーの皆さんと記念撮影。


inserted by FC2 system